top of page
  • tufsfc

【卒業ブログ】「卒業ブログ」佐立翔大(英語科)

更新日:2023年3月24日


Tufsfcに入ってもう卒業の年と思うと感慨深いです。長いことありがとうございました。

主に後輩たちに向けて書こうと思います。僕がどんな選手、人間なのかよく知らない方がほとんどだと思うので、小さいころからと、大学1年からサッカー人生を遡ってどんなことがあったか、何を考えてたか書こうと思います。よくいわれる老害の昔語りみたいになっちゃうと思うので、苦手な方はもっと筆の立つほかの同期のやつ読んでください。たぶんりんさんのがおすすめです。彼は小さい頃、習い事で作文教室に通っていました。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

4歳くらい サッカー始めました。週1回、近所の公園を無断利用したサッカー教室にウキウキで通って、日本代表になれると思ってました。週末は家族みんなで河川敷に出かけて、家族でボール蹴ってました。免許取って初めて横に母親乗っけて出かけたのはこの河川敷です。

小学校 4年生と5年生の時だけ、学校のチームに入ってサッカーしてました。週1回の練習にウキウキで通って、日本代表になれると思ってました。チームは地域有数の最弱チームで、戦術はクリアと声出せのみ。当時は周りより少し背が高かったので、ぎりぎりその時代のサッカーの流行に残ってたスイーパーとかいうポジションで、ひたすらクリアさせられてました。パスが苦手でクリアばかりしてしまうのはこの時の名残です。チームは弱かったですが、めちゃくちゃ楽しかったです。

中高 さすがに日本代表になれるわけないと気づきました。練習は週6であってラントレもきつい、もう一回やれと言われたら断ります。今思えばただただ楽しかったですが、もっと自分の技術の無さに目を向けるべきだったなと心の底から後悔です。高校3年の最後の選手権はスタメンではなかったですが、地区1回戦で雨の日のドロドログチャグチャのまるでサッカーにならない土グラウンドで試合があった時に、クリアと適当にボールを蹴とばす技術に長けているという理由で試合に出してもらいました。これが僕の高校サッカーの集大成だったと思うとなんか悔しいですが、自分らしさのいいエピソードかなと勝手に思ってます。

以下大学サッカー

・1年 最初のほうはよく覚えてません笑 知ってる方いたら教えてください。途中から試合に出してもらえるようになりましたが、僕の出た8試合で勝った試合は1つもありませんでした。当然スタメン外されて、その後僕の出てない試合でチームが勝ったときにはそれはそれは悔しかったです。この辺から、練習外でも頑張ろうと思って残練するようになりました。壁にボールぶつけて見たりヘディングの練習してみたり、色々やるようになったと思います。プレーの質を担保するのは、こうした練習で得られる技術もそうですし、それ以上にこれだけ練習したから大丈夫、みたいな精神的な面も大きいと思います。5回生になっても最後まで決してうまい選手ではなかったですが、特にチャレンジリーグのそこらの選手には大学入ってからボール蹴った時間は負けない自信があったので、試合中のよりどころになったと思います。

・2年 ひたすら岡田さんとげんさんといっしょに筋トレを教えてもらってました。全員が全員マッチョになる必要はないですが、一定程度全員できたほうがいい、というようなトレーニングはあると思うので、体が細い人は特にやってみたらいいんじゃないでしょうか。スタメンで使っていただいていたにもかかわらずしょうもない理由のけがを数回して、かなり迷惑をかけました。練習がないオフ期間にグラウンド脇の砂場に落っこちて靱帯軽くグッバイ。自己管理大事。あとはしばらく部活のお休みいただいたこともありました。部活も大事ですがそれ以外にももっと大事なことはいくらでもあります。まず自分自身、次に身の回りの家族友人は大切に。部活はその次とかで全然いいと思います。

・3年 コロナの年。実はりんさんではなく僕がしむさんの下で幹部してました。断ったんですけどね。サッカーができない期間が長かった分、すぐにチーム作りをしたいという思いが強すぎて8月くらいに活動再開したときにだいぶ後輩たちにはきつく当たってしまったんじゃないかなと思います。それでも残ってくれて一緒にサッカーしてくれたメンバーがいることに感謝してます。集まってグラウンド使ってボール蹴れるのがいかにいいことで楽しいか、身をもって学べたいい期間だったかもしれません。1チームの活動を運営する側になって初めて、それがいかに大変でめんどくさいか学んだ気がします。1、2年の時はそんなこと全く知らず、先輩方のたてた方針とかにただただ陰で文句吐いてたこともあったかもしれませんが、それがどんなにみっともないことか痛感しました。先輩方諸々ご迷惑かけてごめんなさい、それでもかわいがってくれて本当にありがとうございました。

・4年 休部なので、ほぼサッカーしてません。留学行く人たちは全力で楽しんで。

・5年 ただただ楽しかったです。外部から監督が来てメニューを組んでくれる、運営は優秀な後輩がかなり頑張ってくれる、ほぼ毎週末きれいなグラウンドで公式戦がある、支援してくれるスポンサーやかっこいいSNS、こんなにいい環境で先輩特権で好き勝手にサッカーさせてもらったことに本当に感謝です。引退してからもちょこちょこSNS見てますが、新歓の企画とかすごく頑張ってるの見てて、偉そうで申し訳ないですがめちゃくちゃ感動してます。こんなに頼もしい後輩たちにおんぶにだっこでサッカーしてたのかと思うと、僕は幸せ者だなとつくづく思います。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

長々ありがとうございました。いい言葉だなと勝手に思ってモチベーションにしてた言葉があるので、皆さんにも。

「今サッカーがうまい人は、人生のどこかのタイミングでサッカーをめちゃくちゃ頑張った人だから、これからうまくなりたいなら今からのタイミングでサッカーをめちゃくちゃ頑張らなきゃいけない」

                            ―リンタロウ・マツダー

たしかこんなだったとおもいます。かっこよくないですか。文字に起こすのも恥ずかしいようなくさい言葉ですが、それを本気で語ってくれるサッカーの上手い同期のおかげで、僕にはめちゃくちゃ刺さりました。人より練習しなきゃと思ったのはこれ聞いてからだったと思います。また別の誰かに刺さって、サッカー頑張るモチベーションになると幸いです。TUFSFCでのサッカー生活で一番自慢できることはとにかく個人的な努力の量です。ほんとに頭おかしい時は平日の練習後、

夜の9時くらいまでグラウンドでボール蹴ったり筋トレしたりしてた時もありました。自分で言うのもなんですがまあ頑張ったかなと自分をほめてあげたいです。みんながみんな同じようになれとは思いませんが、僕と似たようなサッカーレベルで、僕みたいな時間効率の悪いやり方でも頑張ってみようと思えるひといれば、是非参考にしてみてください。

閲覧数:70回0件のコメント

最新記事

すべて表示
bottom of page